黒の歌姫
 ソニアは草の上に腰を下ろすと、七弦琴を抱えた。  最初に和音。  調律など必要もないほどきれいな和音だったが、ソニアはキリキリと弦を巻き絞り音を合わせた。
 もう一度完璧な和音が奏でられた。
 一拍おいて、ソニアの張りのある透きとおるような歌声があたりに響きわたった。
 ランダーは、こめかみのあたりがチリチリとうずき、微かにキーンと耳鳴りするのが分かった。ソニアが何らかの力を使う時にいつも感じる、もうすっかりなじみになってしまった感覚だ。
 さざなみがたち、せせらぎの水音のようにささやかな声がした。
「たれそ。我を古(いにしえ)の呪歌にて呼ぱうのは」
「我が名はソニア。黒の歌姫」
「これはまた。〈歌姫〉が未だこの地にあろうとは」
 せせらぎの声は驚いたように言った。
ランダーは口を出さずに、ソニアの影よろしく、長剣の柄に右手を添えて仁王立ちしていた。
 水が急にもりあがり、人の姿となった。
 一見、若い男のようにも見えたが、深い緑色した瞳の輝きはむしろ老いたる者の聡明さをたたえている。濃紺の長衣を身にまとい、滝のように背にかかるまっすぐな長い髪は、真白く、すきとおるようにさえ見えた。流れる水のごとく優美で力強いその姿を、太古のベルー族が神とあがめたのも無理はないと、ランダーは思った。
 水の精霊は、ソニアに向かい合うように水面にあぐらをかいてすわった。そこに邪悪さや怒りの影はない。
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