イマージョン
「美夢ちゃん」
自分に暗示をかけていたら、更に現実に引き戻させてくれる声が聞こえた。
「あ…」
また間抜けな声が出てしまった。
「良かった。まだ帰ってなくて。待ってたんだ。一緒に帰らない?」
「え?待ってたんですか?え?はぁ…。えぇと…。あ、はい。いいですよ?」
しどろもどろする私に、ふっ、と聖さんは微笑む。何だろう。この状況は一体。気を抜いていた所を一瞬にして油断を突かれてしまった感じと言えばいいのだろうか。また聖さんが目の前に…。頭が混乱している。遂に脳みその皺が減ってしまったのか。工場から駅までの道のりは長い。ただひたすら真っ直ぐな道を大体30分かけて歩く。道が枝分かれしている訳では無いので、仕事を終えた大勢の人達が皆、同じ方角に向かって歩いて行く。聖さんが居るから、大勢の人の目が気になって仕方がない。人間で居なければいけなくて、恥ずかしさの余り俯いてしまう。
「あの…」
「何?」
「何でまた私なんかと帰ろうなんて…」
「え?嫌だった?」
「あ、いえ。そんな事は無いですけど…」
「けど?」
「けど…何と言うか、突然の事で、正直緊張してると言うか…」
「突然かぁ…。美夢ちゃんは俺が話しかけるまで俺の事分かんなかったかもしれないけどさ、俺は美夢ちゃんが入って来た時から、ちゃんと見てたから」
ちゃんと見てた。から何?とは聞けずに、それ以上言葉を返せず、お互い無言で歩く。聖さん、脚長いな。聖さんの歩幅なら駅まで20分位かな。さり気なく私の歩調に合わせて、ゆっくり歩いてくれている気がする。かっこいー。あの人、超かっこよくない?いいなー。周りを気にしていると、どうして聴覚が優れるように出来ているのだろう。やはり皆、聖さんの事を見ている。それはそうだ。こんなモデルの様な人が居たら目立って仕方がない。私だって初めて聖さんを見た時、引き込まれたのだから。そんなモデルみたいな聖さんと一緒に歩く瘤付きの私。これは現実だろうか。こんな事が起きていいのだろうか。申し訳ないような、何かが起きそうで怖くもある。
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