イマージョン
「うぅ…っ」
「大丈夫…?」
大丈夫では無いと分かっていつつ、上手な言葉が見つからない。いや、上手くなくて良い。電車を待つホームで私は千春を抱きしめて身体で気持ちを伝える。何て細い肩なのだろう。余計に守ってあげたくなってしまう。私が千春の彼氏だったら…。もっと強く抱き締めたい。華奢な身体が折れない程度に強く。帰りの下り電車は何時も混雑していて、座る事は出来ない。千春は携帯を取り出して通話ボタンを押した。少しして声の主を聞いた途端また泣き出してしまった。おそらく彼氏だろう。張り詰めていた物が一気に溢れ出し、涙を流しながら、
「違うの。千春のハナシを聞いて」
と訴えている。人混みの車内を気にせずに、私が、ついさっきまで目の当たりにしていた今までの経緯を話している。黙って私は様子を伺う。
「え?来てくれるの?浦沢駅に、いればいいの?うん、分かった、ばいばい」
電車を切ったら千春は少し落ち着きを取り戻した様だ。
「めいわくかけちゃってごめんね?」
「そんな事ないよ?あたしも山下にムカついてるもん…本当に辞めちゃうの?」
「うん…多分…」
携帯を見つめながら千春は答える。今は一刻も早く彼氏に話しを聞いて欲しいみたいだ。私では無くて。浦沢駅は乗り換えをしなけれぱいけないので方向が違う私達は堀駅で別れた。
「ちゃんと彼氏に話し聞いてもらいな?」
「うん…。美夢ちゃん、めいわくかけてごめんね。…今まで、ありがとうね」
電車のドアが閉まり、お互いの姿が見えなくなるまで手を振り合った。今の言葉を聞いて千春は、もう辞める事を決めた様に感じた。肝心な時に、辛い時に話しを聞いてくれて傍に居てくれる頼れる彼氏が居て羨ましいと思った。同時に義則を思い出したくなくても思い出してしった。義則は只の金魚のフンだった。BLOODのライブ以降、何度かメールや電話が来たけれど無視し続けている。本気の恋愛がしたい。と、ドア越しに立ち街の灯りを見つめながら、そう思った。
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