《短編》夏の雪
雪ちゃんは、まるで猫にするみたいに、あたしの頬をさすってくれる。

その手が冷たくて、気持ちいい。


雪ちゃんの手はいつも冷たい。



「今日、カノジョは?」

「知らね。仕事とか言ってたような気がするけど、あんま聞いてないし」

「カノジョ、こんな時間まで仕事してんの?」

「看護師さんだから」

「ふうん。でもカノジョ、可哀想にねぇ。自分が一生懸命働いてる時に、カレシのあんたは女と会ってんだから」


わざとらしく言ってやると、雪ちゃんは笑いながら、「じゃあ共犯ってことで」と、あたしの唇に軽くキスをした。


嫌な男だ。

勝手に迎えに来といて、あたしを共犯扱いするんだから。



「ちょっと、これがバレてもあたしまで火の粉が降りかからないようにしてよね? 嫌だよ、あたし、あんたらの痴話喧嘩に巻き込まれんの」

「はいはい」

「てか、あたしの所為で別れたとか言われて恨まれたくないし。そもそもあたし、そんなことになっても責任取れないし」

「はいはい」


わかってんだか、わかってないんだか。

雪ちゃんの適当な相槌に、肩をすくめるあたし。


車は闇夜の中を走り出す。



「で、どこ向かってんの?」

「どこがいい?」


決めてないのに、迎えに来たわけね。

無計画男め。


しかし、自由に生きてて羨ましい限りだ。



「んじゃあ、パーッとできるようなとこに連れてって」


雪ちゃんは、横目にあたしを一瞥し、「ラジャ」と言って笑う。

何が楽しいんだか。
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