Fahrenheit -華氏- Ⅱ
シャワーを浴びて平和ボケしている体に渇を入れるため、俺はバスローブを羽織って洗面台に両手をついた。
鏡の中の自分を睨みながら、
「今日は15時に裕二んとこだろ?そのあと、心音ちゃんを成田まで迎えにいって。心音ちゃんが一緒に帰ってくるわけだからZ4はだめだな。
野球用のエスティマで行くか。ってことは一旦俺の家に行って…」
ブツブツ計画をしていると、
コンコン
パウダールームをノックする音が聞こえて、瑠華が遠慮がちにちょっと顔を出した。
「啓、すみません。あの、緑川さんの携帯のナンバーご存知ないですか?」
そう聞かれて、俺は目をぱちぱち。
「シロアリ緑川??あー知ってるケド」
前回、瑠華と軽井沢旅行中に電話が掛かってきて、そのまま登録したんだ。
こっちから掛けることはまずないが、万が一またかかってきたときに身構えることができるからな。
何て言ったってあいつは変化球の女王だから。俺の予想も付かない行動に出るヤツだ。
瑠華は俺が緑川の番号を登録してることにまったく不機嫌な表情は見せなかった。
でも何で瑠華が緑川に?何の用があるって言うんだ?
俺の疑問を読んでか、瑠華はキビキビと答えた。
「教えてください。あたし、やっぱり気になるって言うか…昨日のメールがどうしても気になってるんです」
瑠華……
優しいんだね。
ま、俺も気になったって言やぁ気になったが、瑠華と一緒に居て緑川のことなんて忘れかけてた。
「俺の携帯に“シロアリ緑川”で登録してあるから、勝手に見ていーよー」
俺はまだ濡れたままの髪をわしわしと乱暴にタオルで拭いながら、パウダールームの外を目配せした。
「ありがとうございます。では失礼しますね」
瑠華は律儀に頭を下げて、扉を閉めた。