Fahrenheit -華氏- Ⅱ
「どうしたの?何か忘れ物でも届けてくれたわけ?」さっきの蕎麦屋で何か落としたかな、俺。と笑顔を引きつらせながら聞くと
「No.No no no no.(違うわよ)」と心音ちゃんはやや大げさな手振りでジェスチャー。
「So, what is the reason for coming here?(そう?じゃあ何故ここに?)」
瑠華は敢えて英語で対応している、と言うからあまり内容を聞かれたくない様子だ。
「何故って、あんたたちのオフィスの見学したいな、と思って♪」
そんな瑠華の空気を全く読めてない心音ちゃんがのんびり日本語で返して
きたのはいいけど…
見学―――だとぉ!?
んな簡単に他人を会社の内部に入れられるほど、うちは寛大じゃない。
膨大な個人情報だって扱ってるわけだし。
「じゃぁ取引しない?」
心音ちゃんが色っぽく……いっそ妖艶と言える笑みを浮かべる。受付カウンターに腕を着くと
「マーズフェイスの顧客を紹介してあげる。うちは小規模だけど、Clientは大物が多いわよ」
「気持ちはありがたいけど、私に権限はないわ」
ちらり、と俺の方を見上げる瑠華。
瑠華は心音ちゃんの問題を俺に丸投げ。暗に『追っ払ってください』と言われてる気もしたが……
「心音ちゃんの会社ってゲーム会社だろ?うちは扱ったことないし、それに顧客数は今のところ充分過ぎる程足りてる」
「だったらChallengeしてみたらどう?言ったでしょう?
大物が多いって。私は海外セレブたちを相手どってるの。けれど今後は日本の顧客にも視野に入れようと思ってね。
うちと契約したら、売り上げは2倍~4倍に跳ね上がるわ。
どう?悪い話じゃなくて?」
2倍~4倍……魅力的な話だが、俺は心音ちゃんの会社の事情を知らないし、どれだけの実力があるかは分からない。保証なんて何一つないのだ。
そんな賭けみたいなこと、できるわけがない。
「生憎だけど…」
俺が断りを入れようとすると、
「Can you promise?(約束できる?)」瑠華が腕を組んで少しだけ斜に構えた物言いで質問する。
「Yeah,of course.(ええ、もちろん)」心音ちゃんは勝気に笑い、
瑠華は少しだけ吐息を吐き、
「すみません、内線電話をお借りしてもよろしいですか?あと、来客用の通行証も」
と受付嬢に頼んだ。