Fahrenheit -華氏- Ⅱ

ほとんど根負けだな。瑠華は心音ちゃんと付き合いが長いから、一度言ったら簡単に引き下がらないことを知っていたに違いない。


しかし


「部長、先日私が言った言葉を覚えておいでですか?私は負け戦はしません。つまり、心音の言った数字はかなり固いのです。売り上げを気にしていらしている様でしたので、ここで王手を掛けるのも一つの手です」


王手……


まぁ確かに陰険村木が大型案件に取りかかってる様子ではあったから、抜かされたくないとは思ったケド。


でもでも……こんな不審なヒトあげちゃうの??とちょっと心の中でブツブツ言ってるのを瑠華は華麗にスルー。


「佐々木さん、柏木です。


今から“お客様”とそちらに向かいます。作業を全て中断して書類等を片付けてください。


あ、あとデスクトップの画面も全て閉じてください。部長のも、私のも。宜しくお願いします」


内線電話の相手は佐々木か。


瑠華の指示で、佐々木は今頃大慌てで片づけに入っているに違いない。


受付嬢が用意してくれた来客用の通行証(首から下げるネームプレート仕様)の赤いネックストラップを首に掛けると、心音ちゃんは満足そうににっこり。


「Nice office♪」


と、これまた嫌味だろうな……受付嬢たちに投げかけて軽やかに歩き出した。


8Fまでのエレベーターの中、心音ちゃんは変わらず良く喋った。受付嬢のレベルが低いとか、対応が宜しくないとか、イマドキ受付システムは機能的ではない、とかほとんどそんな内容であっという間にフロアに到着。


よっぽど受付嬢たちに断られたことを根に持っているようだが


だって、仕方ないじゃん。怪しさプンプンだし!!


「いい?本当に少し見たら帰るわよね」


と、瑠華は心音ちゃんに念押し。


「言ったでしょう?ちょっと見たいダケって」


でも瑠華は心音ちゃんの言葉を信用していない様子。


当然だよな、俺だってそうだもん。


ブースに着くと、佐々木が慌ただしく俺のデスクの一番下(鍵が掛かる)場所に施錠をしている最中だった。


「Hello~♪(ハッロー♪)」


心音ちゃんは何が楽しいのか、リズムを付けて佐々木に声を掛け、手をふりふり。心音ちゃんの声で振り返った佐々木は目を開いて固まった。


「は……ハロー……」


何とか返事を返してはいたが、その顏はめちゃくちゃ引きつっている。


無理もないよな。

< 641 / 654 >

この作品をシェア

pagetop