Fahrenheit -華氏- Ⅱ


カウンターテーブルに置かれた一枚の薄っぺらい紙を菅井さんが取って、紙面に走る文字を見つめ、再びため息。


「なるほど……だから、あなたは私と密羽の関係を知っていたわけだ……」


菅井さんの口から『満羽』と言う固有名詞が出てきたのは初めてだから、こっちとしても二人がそうゆう関係だったと言う実感が湧かなかったが。ようやく……ほんの少しずつだが、二人の仲が確実なものだと言うことに気づいた。





「あの……勘違いしないで欲しいのですが、俺……俺にも、今


――――大切な人が居ます」




だから真咲とは完全に終わっていて、と言う言葉を俺は飲み込んだ。


「だから……あの……変に勘ぐらないでください。確かに二人でコーヒーを飲んだことはあります。けれどビジネスの絡みで」


「ああ、アザールの件で……あのとき、正直僕も声を掛けられない程真咲は怒っていて……


神流さんにご迷惑をお掛けしてたと知らずに、申し訳ございません」


逆に謝られてしまった。


「いえ!とんでもございません、あの件は100%弊社に落ち度があったので」


と、今度は俺は頭を下げる番。


「お互い謝ってばかりですね。今日は……いえ、この場ではビジネスの話は止しましょう。


せっかくの美味しい酒が台無しになる」


と菅井さんは爽やかに笑った。その笑顔を見て何となく安心した。真咲は―――それ程切迫した状態ではない、と言うことだ。


だが、気にはなる。何せ会社を休むぐらいだからな。


「あの……真咲は、そんなに大変な状況なのですか?」


すっかり打ち解けて、俺は菅井さんの前で建前上、真咲に「さん」をつけていたが、以前の癖が出て素で問いかけた。


「彼女のこと“真咲”と呼んでいたのですね、あなたは」と菅井さんがほんのちょっと興味を持ったように顎に手を掛ける。


「ええ、まぁ。何せ学生のノリだったので。最初から苗字呼びで、そのまま抜けず…」


俺は苦笑い。菅井さんだって婚約者の昔のオトコの話なんて聞きたくないだろう……さっきは知りたいんじゃないか、って思ったケドそれとはちょっと意味合いが違って、何て言うか俺たちが仲良くしていたときの過去話を喜んで聞く男は居ないだろう、普通。


菅井さんはぐいとビールを飲み干し、空になったグラスをテーブルに置くと


「神流さん、ウィスキーはお好きですか?僕、この店でキープしてるボトルあるんですが」


と、爽やかに返され、俺はこめかみの辺りを掻いた。


菅井さんは、俺が思っている以上に


大人だ。



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