Fahrenheit -華氏- Ⅱ
瑠華はワイングラスに口を付け、紹興酒をゆっくりと飲むと
「心音は魔女ではありません。本当の魔女は―――
心臓にナイフを突きたてても、血が出ません」
まるで呟くように一言いった言葉は随分印象的だった。
何て言うか……その言葉には俺が簡単に理解できるものではない気がして。
「ま、まぁおとぎ話に出てくる大抵の魔女って普通じゃ死なないしね」
あたふたと冗談交じりで言うと、ダイニングから「キャハハ!」と心音ちゃんの明るい笑い声が聞こえてきて
普通じゃ死ななさそー…とまたも思ったが
「心音は、心臓にナイフを突きさしたまま
ずっと血を流し続けていた……」
瑠華が目を伏せ悲し気に眉を寄せる。
「あたしは―――」
瑠華は紹興酒のグラスを持ちなおし、そのふしに琥珀色の液体がゆらりと大きく動いた。伏せた瑠華の長い睫毛が僅かに震えている。
「近くにいながら、心音のこと何も分かってなかった。
親友失格です」
親友―――失格―――……?
瑠華が何を指してそう言っているのか分からず、けれど、それこそ聞いてはいけない、踏み込んではいけない領域だと何となく気付いた。
俺も紹興酒を一飲みして、無言で瑠華の華奢な肩を抱き寄せた。
引き寄せられた瑠華がこちらを見上げるが気配で分かった。けれど俺の視線はダイニングで楽しそうにシステムについて語り合って居る心音ちゃんと裕二の方を向いている。
「何があったのか知らないけどさ、人ってときどき色んなことが見えなくなること、あるじゃん?
遠ければ気にならないけどさ、近くに居れば居る程分かってるつもりでも、やっぱり100%分かるのは無理だよ。
心音ちゃんと瑠華だけじゃない。俺と瑠華だって。裕二と俺だって。
でもさ、分からない部分を少しずつでいいからお互い歩み寄って分かっていくって言うのもさ、
ありじゃない?」
きゅっと瑠華の肩に力を入れ、瑠華の方を見ると彼女は大きな目をゆっくりとまばたきさせ、
こつん…
と俺の肩に頭を乗せてきた。
「やっぱり啓の体温は心地良いですね」