Fahrenheit -華氏- Ⅱ
一瞬、瑠華と心音ちゃんが喧嘩でもしちゃったのかと思ったけれどそんな感じでもなさそうだし、瑠華はそれ以上心音ちゃんについて触れなかった。
だから俺も聞かない。
俺は瑠華の肩を抱いたまま紹興酒を飲み、うまい筈の紹興酒が急に苦く感じるようなことをふいに思い出しちまった。
「そー言えばさぁ、青山のメンタルクリニックの非常階段?的な……あそこ、やっぱり手摺錆びてたみたい」
俺は今日、瑠華のヤクの運び屋をやっているときに気づいた出来事を話し聞かせた。
「老朽化ですか?まぁ確かに古い建物でしたものね。外付け階段だから余計……雨ざらしでそうなったのかもしれませんね」
瑠華の言うことは一理あるし、それが正しい原因だろう。だが、俺が拘ってるのはそこじゃない。
「少し早かったら瑠華が落ちてたんじゃないか、と考えるとちょっとビビった」
その時の恐怖を飲み込むように、俺は紹興酒を勢いよく飲んだ。グラスが空になり新たに瑠華が注ぎ入れてくれて
「落ちるぐらいに酷い劣化なのですか」と心配そうに聞いてきて
「いや、俺あんま現場を見てないんだよね……ただ、そこで事故があったとかそんな感じには見えなかったけど。あんまり高いところで危ないことしちゃダメだよ?」
と、まるで母親が子供に言い聞かせるような口調になっちまったが
「分かりました。ご心配ありがとうございます」
と、いつもにも増して素直な瑠華。てかあっさり??
「あー……うん」
正直『子供じゃないので大丈夫です』と返ってくると思ったのに、俺の予想は外れて、調子もハズれた。曖昧に返事を返して、再び紹興酒のグラスに口を付ける。
グラスに口を付けながら、ホントは俺……
『この過保護!』と言って罵って欲しかったのだろうか…とちょっと思ったり。
いやいや、ないない!そーだったら正真正銘のどMだ!!(いや、今でも充分正真正銘のどMです)