Fahrenheit -華氏- Ⅱ


二人してお手洗いから出ると、観葉植物の間からこちらの様子を窺っている啓の顔が見えた。


「何やってるんですか。不審者ですよ」


と言いたかったけれど、啓の顔は真剣そのもの。


何だか怒る気も失せた。


「遅かったね。


どうだった…?村木と関係のありそうな女だった?」と緊張を帯びた早口で問われ


あたしは首をゆるゆると横に振った。


そのジェスチャーを見て啓は安堵したのか残念そうなのか、複雑な表情でちょっと作り笑いしながら、タコのもずく酢を箸で掬って口に入れる。


「まぁふつーに考えてあの女が村木と密会してる、って考えられないよな。


しかもちょっと見たけど美人っぽいし。あの村木があんな美人と密会…」


と啓は口の中でブツブツ。


あたしは啓の口から語られる『美人』と言うワードに引っかかりを覚えて啓がつついていたもずく酢の小鉢を取りあげた。


「そうですね。彼女は商談ではなく、父親に交際相手を紹介する為にこのお店を利用した、と言っていました。嘘をついているようには見えませんでしたよ」


もずく酢を私の手元に手繰り寄せて、それに箸を伸ばすと


「へぇ、そんな話までしたの」


啓は物珍しげに目をぱちぱちさせていて、けれどあたしがちょっと腹を立ててもずく素を奪ったことに気づかない。


「何だか深刻そうで……ちょっと酔ってもいらっしゃったみたいですので」


もずく酢を諦めて、あたしが彼女の消えた個室の方を眺めていると、


突如としてその個室の一部屋の襖が開いた。啓とあたし二人で覗き見ている最中だったから慌てて顔を引込めようとしたけれど、予告もなく……しかもかなりの勢いだったから、引込める余裕もなく。


中からさっきお手洗いで会話した女性が肩をいからせて飛び出るように出てきた。そのすぐ向こう側には冴えない男性が身を縮ませるように引っ張られている。


「もういい!お父さんはいっつもそう!私のこと全然知らないくせに!」


女性は声を荒げ、この声と雰囲気ではあたしたち以外にもお客たちが箸を休めて何事か、そちらの方を注目している。


どうやら話し合いはこじれたようだ。それも戻っていって数分も経ってない。きっと彼女がお手洗いに立っている間、残されたご両親と彼、三人と言う図で話がもつれたようだ。


慌てて顔を引込めようとしたけれど




「待ちなさい!



お前は何も分かっていない!梨々花っ!!」




と、怒鳴り声を挙げて彼女の後を追うように出てきた男性を見て


あたしと啓は顏を引込めるどころか、その場で固まった。






村木さん―――……!?




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