Fahrenheit -華氏- Ⅱ
俺の怒声は、個室とは言え薄い扉から聞こえ漏れたのかもしれない。
「お客様?」と怪訝そうに顔を出した店員がぎょっとしたように目を丸め、今にも殴りかかりそうな俺と、ウーロン茶をぶっかけられ、そのうえ殴られそうになっている二村を見る。
「お、お客様!そのような行為は」と店員が慌てて間に入ろうとして、二村のシャツを掴んだ俺の手がふっと緩んだ。
「大丈夫です、ちょっと口喧嘩みたいなものですから。キャバクラのミホちゃんの取り合いで♪」と二村が店員にへらっと笑いかけると
それでも俺の形相が『ちょっとした口喧嘩』ではないことを察していた様子だ。
「お客様、これ以上当店に迷惑行為をされた場合、退店させていただくことも…」
俺は今度こそ二村から手を離した。
「すみません…」と小さく謝ると、店員が明らかに迷惑そうな顔で出ていった。
「あなたの部署はとんでもない社員ばかりですね。きれいな人間の皮を被った詐欺師と、爽やかそうに見えるのに暴力上司」
挑発されてる―――…と気づいた。
また俺を怒らせると、今度こそ退店させられるに違いない。
でも二村の目的はそれだけじゃない筈。
「お前―――……
本当は何を言いにきたんだ?
今までのは経過報告に過ぎないんだろ?
お前の本来の目的は何なんだ」
俺が低く睨むと、二村はにやりと薄く笑った。
「さっすが神流部長。やっぱり頭がいいですねぇ。話が早い」
二村が口を開こうとしたところ、間の悪いことに店員がおしぼりを数本持ってきて「お客様、これをお使いください」と濡れたままの二村に手渡す。二村はにっこり笑いながらそれを受け取り
まだ立ち去って居ない店員がいることを意識してか、今度はこいつが身を乗り出した。
ただ喧嘩腰ではなく、内緒話をするようにひっそりと、しかし悪戯をこっそり自慢するような子供のようにあどけなく
俺の耳元で囁いた。
「俺の目的はただ一つ―――」