Fahrenheit -華氏- Ⅱ
「は~!こっちは終わりましたぁ」と佐々木がばんざいの形で両手をあげたのは、それから三時間経ったときだった。
「ごくろうさん、あとはこっちでまとめるからお前、もう帰っていいぞ?」俺が言うと
「え……でも、柏木さんの方はまだ終わってないんじゃないですか…」と佐々木が遠慮がちに瑠華を見る。
「柏木さんにやってもらってるのは大量の翻訳だ。お前には無理だろ」俺は意地悪く笑うと、ここにきてようやく佐々木もほっとしたのか、ちょっと大げさに唇を尖らせ
「そうですけど~、でも本当に僕、先に帰っちゃっていいんですか?」
「おうよ、この後なんか予定あんの?」と聞くと
「大学時代のツレが飲み会するって言うんで。東京駅の方で」
「そっか、呑み過ぎんなよ、明日も仕事だからな」とまたも意地悪く笑って佐々木を指さすと
「分かってますよぉ」とまたも佐々木は唇を尖らせ
「じゃぁ、すみません。お先に失礼します」とぺこりと頭を下げ帰っていった。
佐々木が帰っていって、割とすぐ
「どういうつもりですか」
瑠華が書類とPCで視線を行ったり来たりさせながらこちらを見ず、切り出してきて、ぎくりと言った具合に俺のキーボードの上を滑っていた手が止まった。
「何の事?」俺が瑠華の方を見てぎこちなく見ると
「いえ、確かに急いでいることは分かりましたが、佐々木さんにも出勤をお願いされるなんて初めてのことじゃないですか。
二村さんも出勤されていたし、何かのカモフラージュかと」
俺はこめかみを掻き苦い顔。
「いや……そんなんじゃないよ。でもちょっと…重要な話があるから、外で話したいんだけど。
アロマルージュって店知ってる?カフェバーみたいな」
「いえ」
外で話したい事が何なのか瑠華は聞いてこなかった。
「じゃぁ一緒に行こうか。今日は誰も出勤してないみたいだし、俺たち二人が一緒に帰ったところで何か噂されることもないだろうし」
と言うと、瑠華は「分かりました」と頷いた。
相変わらずの無表情だった。