はぐれ雲。
県警職員官舎では、すでに噂が広まっていた。

加瀬達也巡査部長の妻が、指定暴力団系条会幹部と親密な関係にあり、警察情報の漏洩があったのではないか、というものだ。

その噂の内容も、日に日に過激なものになっていく。

官舎の庭では、二階に住む遠藤真弓を中心に妻たちの輪ができ、博子の話題でもちきりだ。

「夏にね、金髪で派手な格好の男がここをウロウロしてたんだけど、どうも加瀬さんと知り合いみたいだったのよ。私が誰って聞いたら、道を尋ねられただけだ、なぁんて言ってね。
おっかしいと思ってたのよね」

ゴミを捨てに表に出た博子に、容赦ない嫌味が浴びせられる。

「ほんと、ご主人がお気の毒。あんな素敵で優しそうな旦那さんなのに。よくもまあ、よりによって暴力団なんかと…」

博子は唇をかみ締めて部屋に戻るが、追いかけるようにわざとらしく彼女たちは大声で言う。

「案外、おとなしそうに見える女のほうが怖いのよ」

「そうよね、陰では何やってるかわかんないもんね」

博子はたまらず窓を閉めた。

「もうご主人、刑事やってられないわね」

「当然よ」

耳をふさいでも、彼女たちの声はすぐ近くで聞こえる気がした。

達也はあの日出て行ったきり、帰って来ない。

連絡もとれず、着替えすら取りに来ることはなかった。

もし帰ってきたときのために準備してある着替えを入れた紙袋が、むなしく置いてある。

誰も今の彼女のそばにいてくれる人はいない。
それでも、博子は当然だと思っていた。

これは罰なのだと。


そんな中、青木真梨子が尋ねてきてくれた。

「大丈夫?」
心配そうに彼女は言ってくれた。
唯一そう言ってくれる友達だ、そう思い感謝した。

「うん、大丈夫…」
精一杯の笑顔で真梨子を迎え入れる。


「そっか、こんなことになっちゃうなんてね」
博子はコクリと頷くも、顔をあげなかった。

「達也先輩は帰って来ないの?」

「うん、全然。一応着替えだけは取りに来るかもしれないと思って用意してあるんだけどね。それすら…」

「新明先輩は?」

博子は首を振った。

「連絡とってない。彼のほうにもきっと警察が行ってるだろうし。私の方からは連絡できないのよ。真梨子、実は明日ね、私警察で話聞かれることになってて」

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