はぐれ雲。
あれよあれよという間に、テーブルには鮮やかな色とりどりのフルーツや、高級な酒がずらりと並び、艶めかしい女たちが瀬川を囲むように席につく。

彼はまるで、恐ろしいものを見るように、全身を強張らせた。

「ここは私の経営する店ですので、遠慮なくどうぞお楽しみください。もしお好みのホステスがおりましたら、お申し付けください」

そう言ってホステスが用意したブランデーグラスを受け取ると、身を乗り出して瀬川の前に差し出した。

「あ、あ、どうも」

恐る恐る彼も自分のグラスを合わせる。

「乾杯」

切れ長の美しい瞳がきらりと光る。

一気にグラスを空にすると、亮二は立ち上がった。

「すみません、仕事がまだ残っているもので。私はこれで失礼しますが、すぐに大和建設の社長がお見えになると思います」

「そ、そうですか」
真っ赤な顔で瀬川は頷いた。

「失礼します」

踵を返すと、店内に入ってきたばかりの大和建設の社長と目が合った。

亮二が周囲に気付かれないように少し長めの瞬きをニ回すると、相手も小さく頷く。

二人の男は、何事もなかったかのように、すれ違った。

「これはこれは、瀬川さん。
お呼びだてして、申し訳ありません」

亮二の背後で、笑い声がした。


瀬川のことは徹底的に調べた。

彼の生い立ち、学歴、家族構成、趣味、住まいも分譲か賃貸か、ローンは、自家用車は…
好みの女のタイプまでも。

全て頭に入っている。

「週末もあの席は空けておけ。次は県会議員の倉田も来る」

直人に小声で指示すると、亮二は店を出た。


わかっていたが、身を切るような寒さだ。

ある言葉が耳をかすめる。

「悪には悪なりの正義がある…か。ねぇよ、そんなもん…バカが…」

白い吐息が顔にまとわりつく。

「悪は、やっぱり悪でしかないんだぜ」

誰かに語りかけるように彼はそう言った。

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