喫茶投稿
悠月の回想

忘却の祈り

「兄キ、袖くくってくんねぇ?」
 悠月が飾り紐を振り回しながら部屋に入ってくる。
 学園祭の演劇で賢者の役をやるらしいのだが、なにせ不器用で衣装を仕立てたのは俺。しかも広い袖を自分でとめらろない体たらく。
「もっと明るい色の方がいいな。オレンジとか」
 また勝手なことを。グレー基調って図面に書いてあったろうが。
「雨は止む。星は眠る。嘆きは夜に抱かれ、沈黙が訪れる」
 台本にあった台詞をつぶやくと、悠月がきょとんとする。
「なにそれ?」
 なんでお前が覚えとらんのだ。
 可愛い妹がいて羨ましいとか言われるが、だったら代わってみるか?
「ほら動くなって。紐がずれるだろ」
 落ち着きのない悠月を座らせて袖をとめる。
 将来、こいつが誰かのお荷物になるかと思うと気が重い。
< 15 / 18 >

この作品をシェア

pagetop