喫茶投稿
香月の追憶

惑いの風

喫茶店『紅樹』。
香月が最近バイトを始めた店のドアを開ける。
万能のような香月は、数少ない苦手の料理を克服すると言って働き始めたんだ。
必ず旨いと言わせる、と意気込んでいた。
「いらっしゃいませ~」
満面に笑み。
迎撃体制は整った、と言わんばかりだ。
席について待つことしばし、香月が蓋をした盆を持ってくる。
「本日の特別メニュー、『そよ風の口づけ』でございます」
にこやかに蓋を取ると、
カルバッチョのような料理が現れる。
視線を感じつつ一口。
なるほど、ササミを使っている。それで風ってわけか。
それはいいんだが…
「なあ、香月」
「なになに?」
直後、満面の笑みが硬直する。
「砂糖振ってるぞ」
光沢を持たせるために軽く塩を振ったつもりだったようだが、顔が引きつる甘さ。
「もみじさ~ん、また失敗しちゃった~」
キッチンに駆け込んでいく。
「だから、味見してから出しなさいって言ったでしょう」
店長の呆れ声。
またしても撃沈。
こりゃ、先は長いわ。
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