ももいろ

【誘惑】

「桃、明日だね」

閉店作業をしながら、同期の早紀が話しかけて来た。

「うん、すっごい楽しみ」

明日はひな祭り、そしてあたしの誕生日。

お店が終わった後、みんなでお誕生日パーティーをしてくれるんだって。

店長もお祝いしてくれるなんて、凄く嬉しいな。

「そんな、ニコニコしちゃって」

早紀はほうきであたしを突っついた。

「えへへ」

専門学校を卒業してから、ここの美容院で働くようになってからもうすぐ1年。

名古屋の女の子向け情報誌でよく取り上げられるお店。

店長が、すんごいカッコいいの。

雑誌でステキだなって思いながら見てた。

一緒に働いてみると、大人で、仕事が出来て、優しくて…

歳は5つ違うんだけど、例えばあたしが店長と同じ歳になった時、店長みたいな出来るステキな美容師になれるか?っていったらすごく微妙…。

なれるようにがんばるけど。

「ああ、それにしても楽しみ!」

あたしは早紀に抱きついて、飛び跳ねた。

「はいはい、わかったから!桃も早く掃除してよ」

早紀は美容学校の時からの友達で、あたしの扱い方をよく心得てる。

お互いカットやカラーの練習台になって、いろんな髪型やおしゃれをして遊んでたし、あたしたちは二個イチみたいなかんじで、お互いのことよくわかってる。

店長のこと好きになっちゃったこと隠してたんだけど、早紀にはすぐ気付かれちゃった。

早紀は冷やかすでも煽るでもなく、いつもニコニコ話を聞いてくれる。

店長に彼女が居るってことは聞いたことあるけど、いいの。

毎日顔が見られるだけで、話せるだけで、満足。

こんな幼稚なあたしの片思いの話の相手をしてくれる早紀。

「早紀ありがとう」

あたしはまたまとわりついた。

「はいはい」

早紀は苦笑いしながらも、よしよしとあたしの黄色い髪を撫でた。

「早紀!桃ちゃん!掃除は終わった?そろそろ帰れそう?」

あたしと早紀がじゃれていたら、入金から帰って来た店長が顔を出した。

わっ。

「はーい!」

「二人は本当に仲がいいね」

店長が優しく微笑んだ。

やっぱり、店長ステキ。
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