男装少女-兄の代わりになった双子の妹の物語-


しばらくすると、郁が歩いてくる。

帽子を深くかぶり、バレないように配慮しているらしい。

「陽。」

静かに名前を呼ばれ、ことりは駆け寄る。

「お前馬鹿か?少しは気をつかえ。」

ほら、と郁が持っていたサングラスを無理やりつけられる。

「あ、ありがとう。」

ドキ、

心臓が高鳴ったのは気のせいではないだろう。

収録の時は緊張で、何も考えられなかったが

改めて郁を見ると格好良い。

ぼうっと見とれていると、郁はことりの頭を叩いた。

「そこ座ったら?」

「う、うん。」

郁に言われて近くのベンチに座る。

「...なあ、陽。」

「何?」

「今日のお前は、お前らしくなかった。」

「...ごめん。」

「過ぎたことはもういい。

お前、何かあったのか?このあいだレッスンしていた時は

ダンスも歌も、トークも完璧だった....

今日の陽は、可笑しい。

信じたくないけど...もしかして、南や楓が言ってた通り

俺達を馬鹿にしてんのか?」

「違う!絶対違う!」

ことりはばっと立ち上がり、ベンチに座る郁と向き合う。

「わたっ...お、俺はそんなつもりはない!

今日はただ調子が悪くて、ダンスと歌詞、ド忘れしただけで

次はちゃんと、頑張るから!」

「陽....。」

「郁、ゴメン!」

「っぷ、ハハハ!」

いつもクールな彼が、声をあげて笑ったことに

ことりはキョトンとする。

「何必死になってんだよ。

陽はそんな奴じゃないって、分かってる。

俺も、今日は言いすぎた。悪かった...頬、大丈夫か?」

郁は手を伸ばし、ことりの頬に触れた。

「だ、大丈夫///」

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