AKANE
 それなのに、なぜか憎くて大嫌いな氷の男、アザエルの姿が頭をちらついて仕方がない。あの男のことだ、簡単にはやられてくれまい。しかし、魔力を封じられた今、腕利きの刺客とやり合うとなれば、只では済むまい。
(あんなやつなんて、死んでしまったってどうってことないのに!)
「ねえ、ルイ。友達なら、わたしを信じてくれる?」
 朱音は乱れてしまった頭を起こして、ぎゅっとルイの手を握った。
 驚いた顔で従者の少年はこくりと頷いた。
「ぼくは一度だってクロウ陛下を疑ったことなんてありません。陛下がおっしゃるなら、なんでも信じます」
 朗らかな笑みに安心し、朱音は一つ息を吐き出すと静かに話し始めた。
「あのね、前にも少し話したことがあったけれど、わたしはクロウじゃなくて朱音という人間なの・・・」
 ルイには話していなかった、自分がもともとはアースにいたただの人間の少女だったという事実。
 ある日突然アザエルの手によって攫われ、鏡の洞窟の力を利用してできた時空の扉からレイシアに連れて来られたということ。連れ去られたその晩、セレネの森でサンタシの騎士団に保護され、一ヵ月程そこで匿われていたこと。一度は元の世界に戻ったにも関わらず、再びアザエルに引き戻されたこと。そして朱音とクロウの切り離せない魂の関係性。
 何もかもを包み隠さずに話した。
 ルイの表情は思いの他落ち着いていて、朱音は少年がどんな反応を返してくるのかを不安に思いながら、じっと可愛らしい灰の瞳を見つめた。
「大変な目に遭われたのですね・・・。僕はそうとも知らず、クロウ陛下の傍にお仕えすることができることに舞い上がっていて・・・。馬鹿な従者です」
 しょんぼりと項垂れるルイの頭を、朱音はいつか白亜の城でフェルデンがしてくれたように優しく撫でた。
「でも、陛下の魂が誰であろうと、陛下は陛下です。僕はこの先もずっと陛下の傍にいます」
 照れたように、ルイは恥ずかしそうに微笑んだ。
「ありがとう・・・」
 朱音はこの愛らしい少年に全てを打ち明け、随分心が軽くなったような気がした。
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