AKANE
 見た目は長芋にも似ているが、土の香りに混じってほんのりと甘い香りも漂っている。
 ふと朱音は自分の今の服装を思い出した。
 堅苦しい王服を寝苦しいのではと気遣ってくれたクリストフが、これまたどこからか灰色のセーターを貸してくれていたのだ。
 しかしそのセーターはまだ少年の身体には少しばかり大きく、袖口も数回折り曲げていたし、丈も随分長かった。
「ありがとう、アレットおばさん。後でいただくよ」 
 クリストフはにっこりと朗らかに笑うと、アレットは満足したように、満面の笑みで鼻歌を歌いながら元来た道を引き返して行った。
「なるほど・・・。陛下は絶世の美をお持ちですから、ルシファー陛下の顔を見たことのない者からすると、貴方は女性にも見えてしまうらしい」
 困ったように苦笑を溢すクリストフの手を朱音はぐいと引っ張った。
「ねえ、エリックって?」
 途端、クリストフは焦げ茶の瞳を見開くと、数秒朱音に向き合った後、ぷっと吹き出した。
「ああ! 気付いてしまいましたか!」
 頬を膨らませる朱音に涙目で笑いかけると、
「エリックはわたしのことですよ。勘の鋭い陛下のことだ、もう気付いておられるかと思いますが、この家もわたしのです」
 小屋の木壁を軽くノックしながら、クリストフは言った。
「そうじゃないかと思った・・・。毛布は出てくるし、飲み物は出てくるし、服は出てくるし、留守にしている知り合いの家にしてはあまりに図々しいから変だと思っていたんです」
 朱音は膨らませた頬のまま、両手を腰へやった。
「すみません、騙すつもりはなかったんですけど、説明するのが面倒臭くって・・・。エリックはわたしが自由に生きる為の、もう一つのわたしの名です」
 ファサファサと羽ばたいて飛んできたクイックルは、飼い主の肩にご機嫌でとまった。
「ふ~ん、クリストフさんは腕のいい美容師だって話だけど、エリックさんは絵を描く人なの?」
 小屋の中に転がっていたデッサンに使う道具の数々、描かれた絵たち。
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