AKANE
「きっと良くなるから・・・」
 耳元で囁く優しい少女の声。
(アカネ・・・、戻って来てくれたのか・・・)
 一度は亡くしたと思った無垢で愛しい少女の存在を、確かにすぐ傍で感じていた。
(良かった・・・、無事だったんだな・・・)
 眠ったフェルデンの表情がほんの少し穏やかになった気がした。
 朱音は水の入った桶の中で濡れた布をぎゅっと絞ると、そっと汗ばんだフェルデンの額の汗を拭ってやる。
「そう、きっと良くなる・・・」
 その行為は、明け方にフェルデンが目を覚ます少し前まで、繰り返し繰り返し続いた。
 
「陛下、彼が目を覚ますまで傍にいなくていいんですか?」
 ルイが心配そうに朱音の顔を覗き込んだ。
「ううん、いいの」
 朱音はくるりと診療所の奥から姿を現したフレゴリーを振り返った。
「結局今までついていたのか」
 呆れたように言うと、フレゴリーは持っていた薪を足元へと積み上げた。
「お邪魔しました。その・・・、彼には、わたしがここへ来たということは黙っていて貰えませんか・・・?」
 美しい顔に不安そうな色を見え隠れさせた朱音の姿に、フレゴリーは小さく頷いた。
「何か事情があるんだろう、わかった」
 フレゴリーの返事にほっとした表情を浮かべると、朱音はふっとクリストフに向き直った。
「フレゴリー、突然訪ねて来てしまって申し訳なかったですね。わたし達はそろそろお暇します」
 お茶でも一杯どうだとフレゴリーが勧めたが、三人は静かに首を横に振ると、音も立てずに診療所を後にしていった。

 ユリウスは診療所の脇で毛布に包まり、じっと夜明けを待っていた。
 昨晩の出来事の後、おちおち眠りになどつける筈もなかった。
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