AKANE
「お前には関係無い」
 フェルデンはきっと男を睨みつけると、言葉を撥ね付けた。
「まあ、そうだな。ヴォルティーユの坊やがどこぞの屍に執着していようが、わたしには全く関係の無いこと」
 フェルデンは腸(はらわた)が煮えくり返るような思いがした。手元に確かにあった可憐な少女の温もりや、確かに存在した幸せな一時は、ここにいる碧髪碧眼の男アザエルの手により掠め取られ、永遠に失われてしまったのだった。
 フェルデンは剣を鞘から抜き去りながら、つかつかと男の元に歩み寄り、その首に切っ先を宛がった。 そんな状況にも関わらず、変わらぬ無表情のまま、アザエルはじっと動かず帯刀した剣を抜く気配は微塵も感じられない。
「アザエル、おれが気を失っている間に一体何があった。貴様、ユリウスに何かしたのか!?」
 その返答によれば、フェルデンは剣の切っ先をアザエルの首深く突き刺してしまいそうだった。
「おや、サンタシの王子はお気楽なものだな。まだ気付いていなかったのか」
「なんだと!?」
 気のせいか、月明かりで照らされたアザエルの表情にはほんの僅かに疲労の色が見えた。
「このところ毎夜魔城からの刺客が訪れている。言っておくが、これはクロウ陛下のご命令ではない、元老院どもの差し金だ」
 驚きでフェルデンは思わず剣を床に置き、アザエルの肩に掴みかかった。
「どういうことだ!?」
 アザエルは疎ましいものでも見るかのように、フェルデンの手を払いのけようとした。
「わたしの存在がサンタシ側に渡ることを恐れてのことだろう。安心しろ、わたしから離れていればお前達に危害が及ぶことはない」
 フェルデンは脱力した。
 ユリウスがアザエルから距離を置き始めたのはいざこざに巻き込まれまいとした理由からだと悟ったのだ。
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