AKANE
「光栄だね、かの有名な魔王の側近様に名前を見知っていただけていたとは」
 くくくっと笑うと、ファウストはがくりと膝をついた碧髪の美しい男に向かって言った。
「これでも、俺は魔王ルシファーの右腕と謳われたあんたを尊敬してんだ。あんたを殺すって任務さえなけりゃ、ぜひとも魔力の戻ったあんたとやり合ってみたかったね」
 内臓のどこかが傷ついたらしい、アザエルはごふりと鮮血を口から数回吐き出した。
「止めをさすまでも無さそうだな。じゃ、あばよ」
 褐色の肌の少年は再び帽子を被り直すと、深紅の髪を外界から全て覆い隠してしまった。 
 激しく揺れ続ける船の中で、ファウストは軽い足取りでアザエルに背を向け、船外へと駆け出した。
「あ! 言い忘れてたけど、あんた、面白いもん連れて来てくれたよな。まさか同じ船にあのクロウ王が乗船してるなんてな! それに、いつも近くにいるあの風使い・・・。しばらくは退屈しなくて済みそうだぜ。礼を言うよ」
 アザエルは口から垂れ流した血液を服の袖で拭うと、ゆっくりと立ち上がった。その頃には、既にファウストの姿は無かったが、まるで暇つぶしのおもちゃでも見つけたようなファウストの口振りが、妙にアザエルの胸に引っ掛かった。
 魔王ルシファーの命(めい)通りに朱音をレイシアへ召還し、クロウを覚醒させ王位を継がせることを全うしたことで、自分の役目は全て完了した筈だった。
 そしてそれにより、自分の存在価値は既にもう無いとも。
 しかし、アザエルが考える程クロウ王は思うように動いてはくれなかった。クロウ王は魔力も記憶も失いひどく混乱し、国王としての責務を果たそうとしないどころか魔城からさえも逃げ出してきてしまった。
 そして、その今や非力で儚く尊い魂は、多くの危険に晒されている。
(本当に、貴方という人は・・・)
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