AKANE
 そうなるとアザエルは、まだここでくたばる訳にはいかなかった。あの男、“ファウスト”をクロウ王の近くにのさばらせておくにはあまりに危険すぎる。
 しかしこの傷だと、そう長くはないことも経験からアザエルは察していた。
 長い年月をかけて、アザエルが手に掛けてきた人々の多くの傷を目にしてきたからである。最後までクロウを守りきることはできそうにはないが、せめて命が尽き切る前に、クロウを今ある危機から救い出す必要があった。 
 痛みを感じない訳では無かったが、アザエルはいつもと変わらぬ冷淡な表情のまま少年王の姿を探し続ける。
 アザエルの歩いた場所には点々と赤い血の道筋ができていった。

 この嵐がこの船にもたらしているダメージは甚大で、あちこちがひどく軋み、不気味な音を船内に響かせていた。しかし、リーベル号はなんとか転覆することなく持ちこたえている。それは、この船の船長であるアルノの的確な指示の賜物だとも言えるし、船乗り達の果敢な働きによるものだとも言えた。
「ルイ!」
 マストの柱に縄を縛りつけ、その縄を頼りに危険な船外に朱音を捜す為だけに来てくれていたらしい。朱音はずぶ濡れになった従者の少年を見るなり、こんな危険な目に遭わせてしまったことへの申し訳無さで涙が出そうになった。
「ルイ! 今からアカネさんをそちらに渡します! しっかり腕を掴んでください!」
 クリストフが自らの首に回させていた朱音の腕をゆっくりと外すと、その身体を身長にルイの元へと引き渡そうとした。
 しかし、常にシーソーのように揺れる床では、滑り台のように傾いた側に二人の身体が流されてしまい、うまくルイの手に引き渡せない。
 甲板に流れ込む海水は容赦なくクリストフや朱音にぶつかり、体力を消耗させていく。
「うああああああ!!!」
 すぐ傍で、船乗りの一人が水流に飲まれて海へと流されていくのが視界に入った。
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