AKANE




「そうだね、彼はわたしの人生の手本だ。あれから五十五年が経ち、わたしはすっかり老いぼれてしまったが、魔族のあの人は、まだあまり変わらぬ姿でいるのだろうな・・・」
 フィルマンは懐かしそうに瞳を閉じ、そう呟いた。
「ええ、彼はとても元気そうでした」
「それは良かった」
 ひどく安心したように、フィルマンはフェルデンの傷に、つんとする臭いの薬を塗りこんでいく。
「それはそうと、殿下。実は、もう一つお話したいことが・・・」
 急に声を顰めたフィルマンに、フェルデンが頷いた。
「実は・・・、あのアカネという少女の亡骸を拝見させていただいたのですが・・・、なんと肉体はまだ完全に死んでいる訳では無いようです・・・」
 フェルデンは驚きで目を見開き、咄嗟に薬を塗るフィルマンの手を掴んでいた。
「フィルマン、それは本当か!?」
 嫌な顔一つせず、フィルマンは静かに答えた。
「ええ。少女の胸には確かに短剣が深く突き刺さり、心臓を貫いている。しかし、不思議なことに、彼女の身体は仮死状態のまま維持されています・・・」
 衝撃の事実に、ユリウスとフェルデンは思わず互いに顔を見合わせた。


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