AKANE
 縛られた朱音の縄も断ち切ると、果物ナイフはぱたりと元のペンダントに戻され、その表面には美しい華の彫刻が施されていた。
 今まで気がつかなかったが、それはどうやらもう一つと対になっているようであった。もう片方はおそらく、ロランがまだ手元に持っているのだろう。
 どういう経緯があったにせよ、離ればなれになってしまった双子の兄弟をなんとしても再会させてやりたい、と朱音は心の中で思った。
 しかし、鏡の洞窟で最後に見た、ローブから血を滲ませるロランの姿は、未だ朱音の頭から離れずに胸を締め付けた。
「どうかしましたか? 陛下」
「なんでもないよ」
 心配そうに覗き込むルイにこれ以上不安を悟られないようにと、朱音はすっとその場から立ち上がった。
「そうだ・・・! 陛下、大変なんです。ヘロルドが・・・」
 このときはまだ朱音自身、サンタシやゴーディアでとんでもないことが起こり始めていることを知らなかった。
「陛下が城を留守にしているのをいいことに、ヘロルドはサンタシに宣戦布告をしたようです。戦争が・・・、再開されました・・・」
「え・・・?」
 悔しそうに唇を噛み締め、ルイはぎゅっと拳を握り締めている。
 朱音は放心した。
 一体今、ルイが何と口にしたのか理解できなかったのだ。
「あの卑劣な男め・・・! 戦争を再開させた罪を全て陛下に擦り付け、ゴーディアの王座を何がなんでも手に入れる気なんですよ!」
 放心状態から覚め、あの痩せた猫背の男が脳裏に蘇る。
 憎々しげに朱音を睨みつける頬骨に落ち窪んだぎょろりとした目や、魔女のような鉤鼻に皺を寄せ、大きな口をへの字に曲げたあのヘロルドの表情を思い出しただけで吐き気を催す。
 それと同時に、サンタシの王子フェルデンの凛とした横顔が横切った。
(フェルデン・・・!)
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