AKANE
「ユリウスか」
 何か物言いたげな小柄の騎士は、真剣な眼差しでそこに立っていた。
「何か用があったんじゃないのか?」
 何か言おうとして、言い出せずにいるユリウスに、フェルデンが先に問い掛けた。
「ユリ。リーベル号での嵐の晩、おれはあの船の一室でアカネに会ったと話したよな?」
 こくりと頷いたユリウスに、フェルデンは続けた。
「あの暗闇の中で、アカネはおれと一度も言葉を交わそうとしなかった・・・。それだけじゃない、おれから逃げようとまでしていた・・・」
 フェルデンはあの夜のこと思い出していた。
 
激しく揺れる船内。倒れた積荷の下敷きになりかけた少女を庇い、二人は互いの心臓の音が聞こえる程までに近くにいた。
 確かに香ったチチルの香油の香り。
「アカネなのか・・・!?」
と訊ねたけれど、彼女からの返答は無かった。怯えたように自分を押し退けるようにして離れた彼女。
 そしてそこへあのロジャーという紳士が現れた。
「私はアカネさんの友人です。今はそれだけしか申し上げられない」
 彼ははっきりとそう言い、更にこう付け加えた。
「それは、彼女が貴方に会いたいと願わないからです。貴方は悲しみのあまり、あまりに盲目になりすぎている。もっと心の目で物事を見てみてください。そうすれば・・・真実が自ずと見えてくる筈です」
 彼の言った言葉で、フェルデンは盲目だった自分に気付くことができた。失ったとばかり思っていたアカネが、別の姿で存在していることを知った。
 けれど、フェルデンはその一言が気掛かりでもあった。
 これ程彼女に会いたいと願っても、当の彼女が自分に会いたくないかもしれないという考えがどうしても頭から離れないのだ。
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