AKANE
「よし、そちに騎士団総司令官補佐役を命ずる。良き軍師として、良き戦友として、我弟を頼む」
「はっ」
 ディートハルトがふっと口元を綻ばせて顔を上げるほんの僅か直前に、慌しく家来が部屋のドアを叩いた。
「陛下・・・! 陛下・・・!」
「何事だ、入れ」
 息せき切って入室してきた近衛兵は、慌てて跪くと、報告を始めた。
「陛下、ゴーディアの新国王を名乗る不審な輩が城を訪ねて来ました。不審な点が多いので、捕縛しようと試みたのですが、城内でまんまと逃走、現在も捜索に全力を挙げております」
 不可解な報告にヴィクトルは眉を顰めた。こんなに厄介なときに、人騒がせな悪戯をするどこぞの誰がいたものだ、と呆れて溜息を溢す。
「こんな時に一体何をしておるのだ。その自称ゴーディアの国王とやらは一体どんな馬鹿なのだ」
 近衛兵はごほっと咳をすると、顔色を伺いながら報告を続けた。
「まだほんの子どもです。ひどく汚らしい格好をしていましたので、この騒ぎに紛れて金品を盗みに入った泥棒猫か乞食でしょう」
 その話を聞いて、思わずディートハルトは苦笑した。
「おい、ここの兵はどうなっておる。この緊迫した時期にこの気の緩み用はなんたるか! たかが子どもに城の警備を簡単にすり抜けられるとは、この城には腑抜けの兵ばかりが残っておるのか!」
 どすのきいたディートハルトの怒鳴り声に、ひっと近衛兵は飛び上がり、頭を下げた。
「もっ、申し訳ありません・・・! すぐに捕まえて参ります・・・!」

 物凄い勢いで部屋を飛び出して行った近衛兵の後姿を見送った後、ヴィクトル王はやれやれと椅子の背もたれにもたれ掛かった。
「しかし・・・、その餓鬼んちょとやらは、本当にこの時期に何を考えておるのか・・・。ゴーディアの新国王を名乗り、一人で城に乗り込んで来る気概さは認めるに値するが、なんと命知らずな・・・」
 

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