AKANE
 砂埃で薄汚れた髪や肌で多少見劣りはするが、この顔は忘れる筈もない知った顔であった。今は亡きゴーディアの国王で、サンタシのはるか昔からの天敵魔王ルシファーは絶世の身を兼ね備えた恐ろしい男。少年の顔はまさにその顔と瓜二つのものだったのだ。
「今更話すことなど何も無いわ! よくものこのこと、この城へやって来れたものだ!」
 憎々しげに睨みつけるヴィクトル王の表情に、朱音は胸の奥がツキリと痛んだ。
「ヴィクトル陛下、誤解です・・・!」
「うまく城へ忍び込んだものだな。お前にとってはこれもほんのお遊びのつもりであろうがな! 何が目的だ! わたしの首をとりに来たか!」
 いつもは冷静なヴィクトル王であったが、我国を脅かす脅威が突然に目の前に姿を現したことで、怒りと興奮を溢れ出させているようであった。
 懸命に彼に事実を伝えようと朱音は試みるが、彼の耳、元より心にはその声はそう簡単に届きそうにはなかった。
 王の異様な雰囲気を察し、この少年が招かれざる客だと気付いた近衛兵全てが、いつの間にやら少年に剣の切っ先を向けて取り囲んでいる。
「話を聞いてください! わたしはただ、戦争を中止してもらいたくて・・・!」
「黙れ、この汚らわしい魔族め! そんな嘘にこのわたしが騙されると思っておるのか。あのような惨い方法で我国を裏切っておきながら、今更戦争を中止したいだと!? 今度はどういう企みだというのだ!」
 はっとして朱音は怒りに震えるヴィクトル王を悲しげな目で見つめた。
 この王が自分の立場を顧みず、サンタシの民や国の為にどれだけの苦労と努力を続けてきたのかは話に聞いていた。その話は、実の弟フェルデンが白亜城に匿われていた頃の退屈な少女朱音に聞かせた話の中の一つであった。
「・・・貴方の怒りはよくわかります・・・。貴方のこれまでの苦労と、努力を踏み躙ってしまったゴーディアの罪は全てわたしが被ります。こんなことになってしまったのは、わたしのせいに他なりません・・・」
 はらりと音もなく黒曜石の瞳から零れ落ちた一滴の涙に、ヴィクトル王は困惑した。
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