AKANE
「でも、母上、サンタシの兵が、この城に・・・」
「お黙りなさい。何も心配しなくていいと言ったでしょう?」
 きっと大きな目を吊り上げ、ベリアルが諌めた。
 近衛兵から小瓶を受け取ると、クロウにそれを包み込むように握らせる。
「母上、これは・・・?」
「今、この国は新しい王を迎え入れ、生まれ変わろうとしているのです。それには、もう強大な魔力も魔王という地位も只の足枷でしかない・・・」
 恐ろしい母の告白に、クロウは黒曜石の瞳を大きく見開いた。
「心配などいりません。これは薬です。魔力を失くさせる薬・・・。ただの人間になりたいでしょう? クロウ」
 どんなに冷たくあしらわれようとも、クロウは決して母を疑ったりはしなかった。それは、母がどれだけ父である魔王ルシファーを愛しているかをクロウが一番よく知っていたからだ。
「父上を・・・、ゴーディアを裏切ったのですか・・・?」
 不機嫌にクロウから目を逸らし、ベリアルはふんと鼻を鳴らした。
「・・・あんたって本当にどこまでもムカムカする生き物よね・・・。人がせっかく下手に出て優しくしてあげたというのに、、可愛げの欠片さえもない。わたくしが陛下を裏切ったですって? 人聞きの悪い!」
 豹変した母の態度に、クロウは驚き表情を強張らせた。
「わたくしはただ、陛下の為を思って契約を交わしただけのことです。あなた、陛下がこの国と民を守る為にどれだけ心労を重ねてらっしゃるか知らない訳ではないでしょう?」
 さっきまでクロウに触れていた手が卑しくて堪らないというように、ベリアルは唇を歪めて手をぱんぱんと払う。
「契約!?」
「ええ。何を驚いているの? 陛下の強大な魔力さえさくなってしまえば、陛下はもう無理をして国王なんかを務める必要などなくなるでしょう。ブラントミュラー公爵が陛下の魔力と魔城の引渡しを条件に、陛下とわたくしの安全と平穏を約束してくれたのです。これからは、彼が代わってこの国の王として立派に国を導いてくれるでしょう」
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