AKANE
 アザエルとの闘いでは一瞬の気の緩みや隙は命取りであった。だが、ファウストの視界は、少年王の姿を捉えてしまったのだ。
 あの日、自らに瀕死の重症を負わせた魔族の王に、ファウストは再び会える日を渇望していた。
 魔王ルシファーの血を受け継ぐ麗しの少年王を、あの日以来一度たりとも忘れたことはなかった。あの少年王の息の根を止める為だけに、ファウストはドラコの部下の命を一つ残らずその手で燃やし尽くし、更なる強い魔力を手に入れたのだ。犠牲にしてきたものはあまりに大きい。
 今や、ファウストは孤独だった。
しかし、哀しみや淋しさに浸っている時間などな無い。  
 ファウストは、止めない炎弾のいくつかを朱音目掛けて放った。
 しかし、その僅かな焦りがほんの一瞬アザエルに反撃の余地を与えてしまう。
 自らのみを標的に絞り、仕切りなく放たれていた攻撃のたった数発のみが、別方向に向いた。たったそれだけのことであった。しかし、そのことによって生じた無にも等しい小さな隙を、碧く美しい魔王の側近は決して見逃さなかった。
「!!!!!!」
 その場にいた誰もが、一体自分達に何が起こったのかを理解できなかった。
 突如湧き起こった激しい波と水流にのまれ、勢いよく城の外部に流れ落とされていく。
 ファウストは抗えない水流にのまれ、そのまま部屋の外へと流されていく。
(くそっ! やられた!!)
 流されゆく瞬間、変わらぬ冷たい表情のままアザエルは天井にあいた炎弾による穴に手をかけ、じっと赤髪の青年が部屋の外へ流される様を見つめていた。
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