AKANE
「陛下、傷をお見せください」
 朱音はアザエルの言葉に「必要ない」とだけ答えた。
 クロウの身体に傷をつけてしまったことに申し訳なさを感じない訳ではなかったが、彼の身体には、驚異的な回復力が携わっていることを朱音自身よく知っていた。傷をつくっている原因さえ排除してしまえば、後は自然と傷は塞がっていく筈だ。
「ねえ、アザエル。もう少しわたしの我儘に付き合ってくれる?」
 まだ朱音の人格がクロウの身体を支配していることに、アザエルは気付いていた。
「陛下のお心のままに」
 冷酷で無情な碧く美しい魔王の側近は、遠いクロウの記憶で見せていた優しい微笑みを浮かべた。
朱音は事切れたヴィクトル王の肩を抱いたままのサンタシの騎士を振り返った。
「フェルデン、貴方のお兄さんを守れなくてごめんなさい・・・。きっと、ファウストを止めてみせるから・・・!」
 フェルデンは“フェルデン”と親しい呼び名で呼ばれたことに驚き、顔を上げた。
 黒く艶やかな髪に、透けるような白い顔。大きな黒曜石の瞳からはとめどない悲涙が流れ落ちていた。
 そして背を向けると、朱音は駆け出した。
 アザエルは主の後を追う前に、フェルデンにこう言い残した。
「この国を救いたければ、石を使え。所詮つまらぬ意地だけで国を守ることなどできはしない。貴様の剣技に魔力が加われば、少しは使い物になるかもしれんがな。フェルデン王」



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