AKANE
 とうとう巨大化した竜巻の端が王都に足を僅かに踏み入れてしまった。一瞬にしてその部分の物という物が巻き上げられ、風の中に飲み込まれていく。
 朱音は、この中に逃げ遅れた人がいないことを強く願った。
 その心中を察してか、クリストフがほんの少し汗ばんだ表情で優しく微笑んだ。
「大丈夫です。きっと騎士達が住民の避難を進めてくれていますよ」
 どうして彼がそんなことまで知り遂せているのかが不思議だったが、いつだって何もかもを知り尽くしているクリストフならば、そんなに驚くことではないか、と朱音は妙に納得していた。
 そうしながらも、クリストフはまた力を加え始めた。
 こうした強風を巻き起こすことは、例えると短距離走で必要となる云わば瞬発力と同じようなものである。クリストフが今している行為は、そう長く保ち続けることのできない類のものだった。
「きっと、これが最後でしょう。もう、これ以上は力を維持するのが難しい・・・!」
 クリストフは、残された自らの力を全て出し切るつもりで、最大の魔力を発動させる。ぐんと巻き起こった風がクリストフの竜巻に加わり、大きさを増す。
 しかし、それでもまだ巨大化し続ける竜巻の大きさには及んではいなかった。
 朱音は胸にしまってあるペンダントを強く握り締める。
「クリストフさん、わたしに一つ考えがあります・・・!」
 じっと見つめ返すクリストフの表情はひどく辛そうだ。
「いいでしょう、貴女の考えをぜひお聞きしましょう」
 まだ何も言わないうちから、クリストフはこくりと頷き同意の意志を示してくれる。
 これが失敗すれば、きっともう後は無いだろう。
 しかし、朱音はこの紳士の信頼に応えるかのように、しっかりとした口調で言った。
「クリストフさん、風の向きを逆に変えることはできませんか? あっちの竜巻と同じ向きにするんです」
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