AKANE



「誰にやられたのです」
 足元のおぼつかない朱音に肩を貸し、フェルデンの部下である小柄な青年が、アザエルの執務室に連れ帰ったとき、人の気配を察して部屋から出てきたアザエルとばったりと顔を合わしてしまったのだ。
 碧い目が鋭く見つめていたのは、朱音の首にくっきり紅く浮かび上がった痣。朱音は今にも泣き出しそうな顔で、顔を逸らすと、唇をきつく結んだままじっと床を見つめた。
「クロウ陛下、首のそれは誰にやられたのですか」
 アザエルの瞳が珍しくも怒りの色を帯び、朱音をサンタシの使者の腕から引き剥がすと、その痣を確かめた。
 それでも何も言おうとしない少年王の様子に、ユリウスは戸惑いを隠せなかった。きっと、この少年王はこの男の前で包み隠さずに事の成り行きを話すだろうと思っていたからだ。
(どうして話さない・・・? 自分がサンタシのフェルデン・フォン・ヴォルティーユの手に掛かり、殺されかけたことを・・・!)
 そんなことが発覚すれば、裏切りと見なされ、フェルデンも自分も良くても監禁、最悪は殺され兼ねない。
 最悪の場合には、なんとか隙を見てフェルデンだけはうまく逃がさなければならない、とユリウスは逃亡計画まで立てていた。
 しかしうまく逃げおおせても、ゴーディアとサンタシの戦争再開は免れないだろう。
「陛下が何も仰らないのなら、こやつに聞きましょう。サンタシの使者、クロウ陛下に何があった」
 ユリウスは重苦しい空気の中、ゆっくりと口を開いた。
「貴方がお考えの通りです。クロウ陛下は・・・」
「首を絞められて殺されかけた」
 ユリウスの話を遮るように、朱音ははっきりとした口調で言い切った。
「だけど、誰にやられたのかはわからない。暗くて、よく顔が見えなかったから」
 月明かりが差し込むあの廊下で、少年音が相手の顔を見ていない筈は無かった。それにユリウスは、駆けつけた際に確かにフェルデンに向けて「殿下」と呼んだことを覚えている。例え暗がりで顔が見えなかったにせよ、自分を殺そうとした相手がサンタシの王子であることは少年王でもすぐに分かることである。


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