の。
 結局はさ、おいらは負けたんだよな。いや、実際には勝負はつかなかったけどな。途中で相手がぶっ倒れちまったんだから、仕方ない。どちらかが負けを認める前にあいつがリタイヤしちまったから、勝負は無効。大急ぎで救急車を呼びに行ったさ。
 確かに、あいつが疲れてる所を狙ったおいらに全面的に非があったのは認めよう。けど、悪いのはお互い様だろ? まさか、王者と爆風に勝っちまった“たかだか十歳のチビスケ”が、“喘息持ちで医者に激しい運動を禁じられていた”なんて、誰が思う? そういう大事な事は先に言えっての。思いっきり激しい運動させてしまったじゃないか。つーか、試合なんかに出てんじゃねえよ。たっぷりと医者の先生に叱られちまったよ、まったく。
 なら勝負はおいらの負けじゃなくて、引き分けになるんじゃないか、だって? 確かにあの時は勝負がつかなかったし、あのまま互いに走り続けていれば勝ってた自信はあるけどね。バテバテだったチビスケが動けなくなるのは時間の問題だったんだ。走れなくなれば、嫌でも負けを認めざるを得ないだろ? ああもう、あんたも人が悪いな。なに言わせてくれちゃってんだか。
 でもな、言うのも恥ずかしいんだけど、確かに当時のおいらはハートで負けてたのさ。名声を得る事しか頭に無かったおいらは、たとえ一回二回の勝負に勝ったとしても、きっとすぐにあいつに抜かれてただろうからな。相手はまだ育ち盛りの十歳。しかもエアスラが好きで好きで仕方がなくて、寝ても覚めてもそれしか頭に無いような奴だ。おいらなんかじゃ勝ち続けられる訳がない。好きこそものの上手なれって言葉があるけどな、あれは真理なのかもしれないね。
 喘息か……カミサマってのは、たまに惨い事をするもんだね。あいつが健康体だったなら、どんなランナーになったんだろうなあ。万全な時にもう一度だけ、今度は公式ルールに則って、正々堂々と戦ってみたかったんだけどな。おいらかい? おいらは今、楽しく走ってるさ。トレーニングは大変だし、トレーナーは鬼畜だし──おっと、これはオフレコな。ともかく、プロの世界は厳しいのさ。楽しい事ばかりじゃあない。けど、おいらはエアスラが好きで好きでたまらないし、ランナーである事に誇りを持っている。
 なあ、あんたはどうなんだい?
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