の。

とある名も無き記者の場合

 最後の取材を終えた私は、機材を片付け颯選手に礼を言う。彼は懐かしい話が出来てよかった、と私に礼を返した。
「なあ、あのチビスケは今どうしてるか、あんたは知ってんだろ?」
 去り際に、彼は私に遠回りな質問を投げ掛ける。返答に窮した私は、元気にやっていますよとだけ答えた。
「そんなのは分かってるさ。そうじゃなくて、もう走らないのかって事」
 幼少の頃に発症する喘息は、成人するまでの間に自然に消えていく場合が多いという。喘息が無くなれば、再び走る事ができるというもの。エアスラが好きで好きで仕方が無いなら、再び走らない道理は無い。耳の痛い話である。
 だから私は、喘息が収まった年頃には、ずっと走り続けていた人達と体力的にも技術的にも大きな差が出来ていたと思いますよ、と返した。
「それがエアスラを捨てた理由か。許せねえ」
 そう、風のように現れた少年はたった一度の大会に現れて嵐を巻き起こし、しかし、それ以降大会に出場した記録は残っておらず、非公式の場で走ったという噂すら聞かない。
 颯選手は、私の話を聞いて苦虫を噛み潰したような顔をした。彼はもう一度憎まれ口を繰り返し、壁に立て掛けてあったボードを私に押し付けてくる。
「近所にコースがある。アマチュア用の、障害が甘いコースだけどな……少し走ってけよ。それではっきりする」
 彼はやはり、私の事に気がついているようだった。しかし、私はそれを仕事中ですからと断り、ボードを彼に返す。尻尾を出さない私に苛つき始めた様子の彼は、最後に一つだけ質問だ、と食い下がってきた。誤魔化しは許さない、と彼の目が語っている。私は仕方なく、了承の意を伝えた。
「何故、お前はスポーツ記事の記者になったんだ?」
 なんだそんな事かと安心した私は、自信満々に答えを返し、彼の家を後にした。

「だって、私は今でもエアスラが大好きですから──一人でも多くの人に、この素晴らしいスポーツの楽しさを知って貰いたくて」

 背後から、風に乗って「今度、英雄様や元暴風を呼んで、皆でハルバード走ろうぜ」という言葉が聞こえてきたような気がする。皆、多忙な人達だ。それは恐らく実現しないだろう。しかし、非公式の場ならそれも良いかもしれないなと思ったので、私は振り返らずにヒラヒラと手を振ってみせた。
 私の情熱の炎は、未だ消えてはいないようである。
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