Addict -中毒-



タクシーを降り立ち、慌てて彼の元に走り寄ると、私は無言で彼の頭上に傘を差し出した。


彼は私が近づいても顔を上げようとはせず、


「ずぶぬれじゃない。風邪引くわよ」と呆れるように私が言うと、ようやくのろのろと顔を上げた。


黒い髪は雨に濡れて、額に張り付いていたし、男らしい線を描く頬骨には少しだけ影が宿っていた。


目はうつろで、私を見ているのかどうか分からない。


だけど彼の右の黒い瞳の奥底には小さな光を湛えていた。


彼はちょっと笑うと、濡れた髪をちょっと後ろにかきあげた。




後ろに撫で付けられた髪から一房垂れていて、水を含んだ髪の先から水滴が滴り落ちている。





その姿が何とも―――色っぽかった。





「ホントに来てくれたんだ」


彼はちょっとだけ笑うと、ゆっくりと立ち上がった。


「私は嘘はつかないわよ」





あんたと違って―――





と言いたかったけれど、その言葉を発することなく、私は飲み込んだ。









< 134 / 383 >

この作品をシェア

pagetop