Addict -中毒-


「ねぇ…どうしたの?何かあった?」


彼が立ち上がると、私は傘を持つ手を上げなくては傘が彼の頭に当たってしまう。


今更濡れることを心配しないでも、彼はずぶぬれだったけど。


それほど大きな傘ではなかったから、私も肩の半分が雨に当たっている。


冷たい雨粒が薄手のコートに染みこんで、ひんやりと体を冷気で包んだ。


地面に打ちつける雨が、パンプスの中まで入ってきて足の裏に不快な冷たさが侵入する。




啓人は私の傘の柄を握る手の上から、冷たい手を重ねてきた。


彼はちょっとだけ顔を歪めて無理やり笑顔を作る。


「………ちょっとね…」


「言ってよ。じゃないと私はどうすればいいのか分からない」


啓人は私の手から手を離し、


そしてその濡れたままの体で、唐突に―――私を抱きしめてきた。





「何もしなくてもいい。



ただ―――




傍に居て」







雨音の中で聞いた彼の言葉は、初めて聞く弱々しいものだったけれど、


私にはしっかりと届いた。




傘が私の手からすり抜けて、地面に転がった。






傍ニ居テ―――





彼は初めて―――私をオンナとしてじゃなく、一人の人間として必要としてくれた。






< 135 / 383 >

この作品をシェア

pagetop