Addict -中毒-
カクテルが出来上がるまでの一服だろうか。
彼はタバコを取り出した。口にくわえるところを見て、
思わず反射的にライターを取り出し、火を灯した。
タバコを吸わないから、ライターなんて持ち歩く必要なんてないのに。
彼はちょっと虚をつかれたように面食らっていた。
その表情を見て慌てて手を引っ込める。
「だめね。癖が抜けないわ」
クラブを辞めてもう二年経つっていうのに…
だけど彼は気にしてない様子で、すぐに人懐っこそうな笑顔を浮かべた。
「点けてよ。女の人に火をかしてもらうのって、何かエロいよね」
「はぁ?」
「いいから貸して」
彼はまたも強引に私の手を取ると、ライターで火を点けた。
その先にタバコをくっつける。
またも私の心臓がドキリと大きく跳ねる。
5歳ほど歳の離れた男に、こんな感情を抱く自分が恥ずかしくて私は彼から離れた手を慌てて引っ込めた。
煙を吐き出す、その横顔をちらりと見るとその端整な横顔に誰かの顔が重なった。
「以前どこかで会った?」
彼は目を細めて微笑を浮かべると、
「なに、それ。古いナンパの手口だね」と余裕の笑みを漏らした。
私はムっと顔をしかめる。
「誰がナンパなんてするもんですか。もしかして一度お店に来てくれたお客様?」
でもこんな若い客、早々出入りできる場所ではない。だから一度でも来店してくれたのなら顔を覚えているはず。
職業柄―――顔と名前を覚えるのは得意なほうなのだ。
でも私は、彼を知らない。
「何て言う店?俺だってこんな美人が居たら忘れないよ?」
「銀座のマダム・バタフライよ」
店の名前を聞いて、
「ああ。それ、俺じゃないよ」と意味深に笑った。