Addict -中毒-
だけど彼はキスをしてこなかった。
代わりにその整った顔に、うっすらと笑みを浮かべると、
「イイ女が居るなってずっと見てた。
気付いてたくせに」
そう言って挑発的に見つめてきた。
温度を持ったその言葉に、私の体が熱くなる。
意思の強そうなその視線から目が逸らせない。
「ナンパならお断り。他を当たってちょうだい」
そう返すのが精一杯だった。
私の返事に、彼は軽く肩をすくめてみせた。
とてもスマートなその仕草に、見惚れると同時にちょっと嫌気がさす。
どこまでも嫌味な男。
私は彼の遊び相手になるつもりはないし、私も遊び相手を欲しているわけじゃない。
そう、遊びだったら要らない。
本気だったら―――?
私は自分自身の中に過ぎったひとかけらの恐ろしいほどの感情に、身震いを覚えた。
これ以上深入りしてはだめ。
本気になってはだめ。
そんなブレーキをかけるため、私は左手をそっと握り締めた。
指輪の感触を確かめるように。
そこが私の帰るべき場所であり、そこが私の居るべき場所だから。