Addict -中毒-
「イニシャルY・Kか」
そのハンカチには私のイニシャルが刺繍されていた。
蒼介と結婚する前に買ったから旧姓の“葛西”のものだ。
私はここのバーテンに自分の素性を明かしていない。寡黙なバーテンとプライベートな話もしていない。
彼が“藤枝”の名前に行く着くはずがない。
私は勝ち誇ったように軽く肩をすくめた。
そんな様子に彼は怯んだふうでもない。
余裕に笑うと、
「俺がこんなにイイ女をやすやす逃がすと?」と挑発的に言った。
これには私の方が面食らった。
こんなストレートに切り返してくるとは。
普通の男なら「鏡を見てから出直してきなさいな」なんて言って追い返せるけれど、
彼のその台詞には自信と余裕、そしてそれだけを言うほどの価値が備わっていた。
彼はハンカチをスーツの上着の内ポケットにしまいこむと、
またも顔を近づけてきた。
キスされる―――そう思って顔を逸らそうとしたけれど、身動きがとれない。
まるで金縛りにあったかのように、その整った顔に視線が釘付けだった。