Addict -中毒-
家の近くでタクシーを止めると、私は降り立った。
「またね、紫利さん。連絡する♪」
チュッと投げキッスをされ、私は苦笑を浮かべた。
タクシーのドアがバタンと閉まり、細い道を走り去っていく。
その後ろ姿が見えなくなるまで、私はじっと見つめていた。
もしかしたら彼が振り返ってこちらを見てるかも―――なんて思ったけれど、私の視界から消えるまで後部の窓から彼の視線が投げられることはなかった。
のろのろした足取りで、家の玄関を開けると玄関口に見慣れた革靴が一足並べてあった。
「おかえり。紫利ちゃん」
蒼介の声で、私はぎくり、と目をみはった。
蒼介はいつも通り、変わったところがない―――ように見えた。
風呂上りなのだろうか、パジャマ姿だったし、肩にはバスタオルがかかっていた。
研究室に詰めていたせいで、少し無精ひげが目立ったが、顔に浮かべたぎこちない笑顔はいつもと変わらない。
「蒼ちゃん、帰ってたの?知ってたらもっと早く帰ってきたのに」
私は何でもないように言ってブーツを脱ぐと、スリッパに履き替えた。
蒼介とお揃いの色違いのスリッパ。
いつも蒼介のスリッパはラックに掛かっていて使われるのは私のだけ。
「特に家に用があったわけじゃないんだ。ちょっと……疲れちゃってさ。紫利ちゃんは?誰かと会ってたの?」
私はコートを脱ぐと、平静を装った。
「ええ。……萌羽と久しぶりに飲みに行ってたの。覚えてる?マダム・バタフライのときの…」
思わず口についた嘘。蒼介に通じるかどうか心配だった。
だけど私は変に勘ぐられないよう、蒼介の目をじっと見つめて、そこから視線を逸らさなかった。