ラヴァーズ
記憶がないのに、話題を求めるなんてできない。だから、私はぺらぺらと一人で話していた。雪夢ちゃんも冬威もまったく話さないから。

でも、なんとなく気づいてしまった。

彼らは、彼らにとっては沈黙はなんの苦痛でもなかったのだと。だからこそ冬威は話さない。雪夢ちゃんはわからないけど。

でも、私が邪魔者なのだと認めたくなくて、私はただ、話を続けた。惨めでも、馬鹿みたいでもいい。

ただ私は、寂しくて、嫉妬をしていたのだ。





華月さんの話すことが、なんだか懐かしくて、私は華月さんに目を向けながら、両手で持っていた深緑の表紙の手帳をそっと撫でた。

私と、今の世界を繋ぐ唯一の鍵で、なにがなんだかまったくわからない私にとって、大切なものとなっているようだった。

手帳には、数時間で読みきるには難しいくらいの膨大な量の情報が、書かれているからだ。

本当に些細なこと。〇月〇日、何時何分、
『雲がきれい、写真を撮った。』

そのメモの隣には、入道雲のきれいなポラロイド写真。

『窓から見える景色がきれいだよ、明日の私。見てみてね。』

『火曜日のお昼御飯が美味しいみたいだね、火曜日の日の昼食が毎回美味しいってかいてある。火曜日の私はラッキーだ。』

『明日の私、夏とか冬とか、覚えてるけど、昨日がいつなのか、明日がいつなのか、わからないのは怖いことなんだね。』

『朝起きたらお母さんだって言う人がいて、とてもビックリした。だってなんにもわかんないんだもん。』

『こわいよ、こわいよ、助けて、もう、嫌だよ、忘れたくない、忘れたくない、わすれたくないわすれたくない━━━━━

『自分の名前もわからない。この手帳がなかったらどうすればいいんだろう。』







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