ラヴァーズ
「ねぇ、死神くん」

「僕の名前は井川夏夢です。なつめくん」

「え、はい。すみません、なつめくん」

「井川っていうのは借りたんですけど」

「名字を、借りたんだ」

はい、と頷く死神くんもとい、なつめくん。井川という名前はたくさんあるだろうから、わざわざ借りたという表現を使わなくてもいいんじゃないだろうかと思ったけど言わなかった。隣を歩く同じ身長の彼、なつめくんは、少しだけあいつににている。

「前に話した助かった普通の魂の人の、大切な人の名字です。あ、これ言っちゃ不味かったかな…」

「どうして?」

「あなたが、死にたくないからと復讐してしまうかも」

「井川さん、に?」

「井川の大切な人の普通の魂の人です」

「の、が多くてよくわかんないけど、わたしは復讐なんてしないよ。第一、どの井川さんかわからない」

「あ、そうですよね。人間って、それぐらいのことも解らないものですもんね」

これほどさっぱりして嫌味っぽくない悪口を聞いたのは初めてだと半ば感動しながらわたしはなつめくんの隣を歩く。身長はおんなじぐらいだけど、かおつきは幼いなつめくんは、彼氏にしては年の差を感じさせる。端から見たわたしとなつめくんは姉弟みたいな感じだろうか。

「あなたの魂は、少しだけ濁りがちですね」

ふと見ていた横顔と目が合う。そして唐突にそんなことを言われた。

「濁ってちゃ、駄目なのかな」

なつめくんはゆっくりと首を横に振り、真顔で言う。

「むしろ、濁ってない純粋な魂なんて誰も持っていない」

「へぇ…」

「だからこそ、それは黒くも白くも染まる。あなたの魂は、黒を多く含んだダークグレイ」

なつめくんは空を指差して、この曇り空にあと少し黒を足したような色をしています。そう言った。わたしは空を見上げて、今にも雨が降りそうだと焦った。

「はやく買い物して帰ろう」

「町案内は結構ですよ。僕の担当の町ですから隅から隅まで知り尽くしています」

「あ、うん。わかった」

もとより町案内なんて、すっかり忘れていたのだけれど、それは言わないでおこうと思った。









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