HOPE
 三限目の眠くなる様な授業を終えた頃、沙耶子が教室に入って来た。
 沙耶子は、どこか疲れ切った様な表情で机に鞄を置いたと思うと、教室から出て行ってしまった。
 それを追い掛けて、俺も教室から出る。
「沙耶子!」
 呼んでも、沙耶子は振り向かない。
 駆け寄って、彼女の背中を軽く叩いた。
「綾人君……」
 ようやく振り向いてくれた。
 近くで見ると、彼女の目元には隈ができ、とても血色が悪そうだ。
「今日はどうしたんだ? 遅刻して来たと思ったら、いきなり教室を出てくし」
「何でもないよ。ちょっと、授業を受ける気分になれないから、保健室に行ってくるだけ。本当に、何でもないよ」
 か細い声でそう言い、俺の前から立ち去ろうとした。
 俺は立ち去ろうとする、彼女の左手首を咄嗟に掴んだ。
「痛っ……」
 それと同時に、沙耶子は悲痛な声を上げる。
「?」
 何かがおかしい。
 彼女の制服の左袖をまくった。
「……」
 俺は言葉を失った。
 なぜなら、そこには幾つもの傷があるのだ。
 生々しく赤い色をした傷、直り掛けの傷、そんな傷が幾つもある。
 沙耶子は瞳に涙を浮かべ、俺の手を強く払い退け、呼び止める間もなく走って行ってしまった。
「何だったんだよ……あの傷……」
 俺達の関係は、次第に狂いだす。
 いや、もしかしたら、もう既に狂いだしていたのかもしれない。


 二週間程の間、俺は沙耶子に話し掛ける事が出来なかった。
 左手首の傷を見られた時の、彼女の表情。
 あんなつらそうな沙耶子を、俺は初めて見た。
 だから、近付きにくかったのだ。
 美咲はというと、以前よりは活気を取り戻した様だが、やはり元気がない。
 どこで、間違ってしまったのだろう。
 俺達の日常は、どこで狂いだしてしまったのだろうか。

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