HOPE
「嫌だよ!」
 喚く彼女の頭を、軽く撫でてやる。
「あんな事があったんだ。俺とお前が一緒にいたとしても、辛いだけだ」
「嫌だ! 嫌だ!」
 彼女の喚きは止まらない。
「大丈夫だ。お前には隼人がいる。あいつが見守っていてくれる。大丈夫だ」
 彼女の目からは、やがて涙がこぼれだす。
「嫌だ……嫌だよ……」
 小さくて細い彼女の体を優しく抱いた。
「大丈夫。お前なら大丈夫だ」
「でも……」
「待っている……人がいるんだ……」
「え?」
「とても大切な……俺の……大好きな人なんだ……」
 諦めてくれたのだろう。
彼女は涙を流しながらも小さく頷いた。
「沙耶子、今までありがとう。辛い事も多かったけど、割と楽しかったよ」
 その言葉を最後に、俺は沙耶子と別れた。
 今までの出来事は全て、自分の人生の一部に過ぎない。
 俺にとっても沙耶子にとっても、どんな人にとっても、それは同じ事。
 だから人は前進を止めない。
 かつて、隼人がそうだったように。
 勿論、俺もそうだ。
 隼人の取った行動、あれは自己犠牲であって、決して最善の行動とは言えなかった。
 しかし沙耶子や俺、他の連中が今こうしていられるのは、隼人のおかげだ。
 だから俺は沙耶子の側にいる必要は、もうない。
守ってやる必要も、元気付けてやる必要もない。
 ポケットから携帯を取り出し、日付を確認する。
 今日は四月三十日。
 あと、約一カ月。
 その期間が来たら、俺は療養中の妹の元へ行く。
 これが、俺にとっての前進だと信じているから。
 真っ青に澄んだ青空を見上げ、呟いた。
「ありがとう。隼人」
< 65 / 151 >

この作品をシェア

pagetop