モラトリアムを抱きしめて
顔を覗き込むと目は合うけれど、沈黙が続く。

数秒見つめあっていると、キッチンからピーっと高い音が鳴ったので立ち上がる。

あの公園の近くの子だとすれば悪い事をしてしまった。

公園から自宅までは二駅ある。

マグカップに入れたミルクココアをやかんのお湯でポコポコと溶かしていく。湯気で視界がぼやけ、少しだけふらっとする。

参ったな。

甘い香りのココアを差し出しても少女は喋る事はなかった。

「ココア。 よかったら飲んで。 牛乳切らしてるからお湯だけど」

少女は少し躊躇したけれど、握っていた千円札を丁寧にテーブルに置き、マグカップを両手で包み込むように触れると、そっと口をつけた。

それを確認し、私もココアをひとくち含むと甘さが口いっぱいに広がり、焦る気持ちを落ち着かせてくれた。

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