モラトリアムを抱きしめて
「まだブラしてないの?」

ゆったりとしたシルエットの洋服だが、小さな胸の形がわかった。

はっちゃんは困ったように胸の前で手を組み、「うん」と小さく頷いた。

私もこれくらいの時……

初めて買ったブラジャーを思い浮べると、また頭が痛みだした。

記憶を呼び戻す度にズキリズキリと頭を何かが突き刺すのだ。

何度も……

何度も何度も……


「初美さん?」

はっちゃんに声をかけられ、ハッと気付いた。

冷や汗は乾いた空気に溶け込むようにスーっと消えていく。

「よかったら今日、一緒に買いにいこうよ」

「うん!」

そう言ったはっちゃんはクローゼットを覗いた時にも負ける、今までで一番輝く笑顔。

それは頭の痛みどころか、胸の奥に突き刺さっているような、見えない痛みをも消し去ってくれるようだった。


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