モラトリアムを抱きしめて
タクシーの窓をコンコンと鳴らして居眠りをしている運転手を起こすと、ドアが開き不機嫌そうに迎えられた。

「え、今からですか? 5時間はかかりますよ?」

目的地を告げると、不機嫌そうな運転手はさらに気だるそうに応えた。

「いいです」

少しの間のあと、タクシーはゆっくり発進した。

よく降ろされなかったものだ、と変わる景色をぼーっと見ながら思っていた。

暗闇の中にある小さな灯りたちが、伸びるように線を作る。

堤防から見た夜の海のよう。

安っぽいオレンジ色のライトに照らされて、ぼんやりと水面で歪んでいたっけ。

綺麗ではなかったけれど、何時間だって見ていられた。


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